美少女文庫で発売中の「嫁入りメイド・栗栖川くるみは娶られたい」の後日談を書き下ろしたショートショート(文庫換算で約9ページ)を公開します。
 本編のあとの話なので、未読でネタバレがイヤだって方は、気をつけてください。

 いつもなら販促に回すのですけど、ネタがあまりにもマニアックなので、自重しました。
 だって、出てくる元ネタが初代メイドシリーズ2作目の音々たんですから。2004年作品ですから。さすがにこれは……。
 他にも、ちょこちょこ、私の他の作品の小ネタが出てきます。一番新しいのは、こないだ出たばかりの「僕には純白王道(ヴィクトリアン)なメイドがいます」ですかね。

 読者のみなさんというよりは、私が楽しむために書いたものなので、そこはご了承くださいませ。

(以下、SS本編)
『栗栖川くるみはメイド試験に受かりたい』


「ただいまー」
「お帰りなさい、ご主人様。今日もお疲れ様でした」
 達郎が仕事から帰宅すると、いつものように可愛いメイドが出迎えてくれた。
「ご飯にしますか、お風呂にしますか、それとも、く・る・み?」
 そして、これまたいつものように尋ねてくる。
「お約束なんだろうけどさ、毎日やらんでいいから、それ」
「いえ、毎日本気で聞いてるんですけども。玄関開けて即、新妻を押し倒すのは殿方共通の夢なのでは?」
 押しかけメイドは真顔で言う。
「好きなやつは確かに多いと思うけどさ、断言するのはどうかな……」
「ご主人様は裸エプロンでのお出迎え派でしたか。では、明日はそれで」
「勝手に人の趣味を捏造しないで!?」
「では、裸エプロンドレスには興味がない、と?」
 達郎のネクタイを外しながら、くるみがじっと見つめてくる。
「…………ないとも、言ってない」
「達郎のそういう正直なところも、大好きです。では、期待して待っててくださいね」
「お、おう。……って、それやめろ」
 たった今、脱がしてもらったシャツに顔面を埋める幼なじみに、達郎は顔をしかめる。
「ヤです。妻のために一日頑張ってくれたご主人様、旦那様の汗の匂いを堪能するのは、メイドに保障された権利なのです。メイド基本的人権の保障です」
 すはすはと匂いを堪能するくるみの幸せそうな顔に、達郎は渋々と引き下がる。
「ん。ここで勉強してたのか」
 テーブルに広げられていたテキストやノートを見て、くるみが受験生なのだと改めて意識する。
「あのな、くるみ。今のお前に一番大事なのは受験なんだから、家事は無理してやらなくていいぞ?」
「今も昔もこの先も、私に一番大事なのはご主人様のお世話です。家事も、無理なんてしてません。むしろ、するなと言われるほうがずっとストレスです」
「でもな……」
「ご安心ください、ご主人様のお望みどおり、女子大生属性を得るため、きっちり合格します」
「自分のために勉強しろよ!?」
「達郎が喜ぶと私も嬉しいので、最終的にはちゃんと自分のためですよ」
 心の底からそう思っている顔だった。
「まあ……うん、大学に行ってくれれば、まずはそれでいいや。通ってるあいだに、なにかやりたいことが見つかるかもしれないしな。くるみを大学に通わせるためって思えば、俺も頑張って働こうって気になるしさ」
「……あの、まさか、私の学費を出そうとか考えてます?」
「ああ、もちろん。俺が進学を強く勧めたわけだし、娘の学費を父親が稼ぐのは当たり前だろ? 第一志望、私立だし」
「はい、アウトです、アウト。あなたはどこまで保護者マインドが染みついてんですかっ。ああ、でも、学費という名目でJDメイドを囲いたいというおじさんっぽい願望があるのでしたら、くるみは援助してもらってもいいですが」
「そんな願望、欠片もねえよっ」
 ここはしっかり否定しておく。
「達郎の気遣いは嬉しいんですけど、私、学費は奨学金もらうつもりなんですよね」
「返済、大変だぞ?」
「そこは心配ありません。この奨学金、返済義務ありませんから。もちろん、所定の条件はありますけど」
「怪しくないか? あのな、俺、ちゃんとお前の進学に備えて貯金してあるから、大丈夫だぞ? 遠慮されると、逆に俺が困るんだが」
 娘のように可愛がってきたくるみを、自分の稼いだ金で進学させたいのが本音の達郎は、しつこく粘る。
「奨学金を出してくれるのは、私も所属してるJMAですから、怪しくないですよ」
「JMA?」
「日本メイド協会です」
「怪しいじゃん! 怪しさしかないじゃん!」
「ご主人様は誤解されてます。確かに設立からまだ年月は浅いですが、舘花グループを中心に、様々な企業がバックについてるんですよ?」
「舘花……あの、ホテルとか旅館の?」
「はい。クリスマスに泊まったあそこも、最近、グループが買収した旅館だそうです」
 知ってる企業名を出され、達郎は少し考えを改める。
「確かにそう聞くと、怪しさは薄れるか」
「ちなみに協会には、くノ一とか暗殺とかといった、特殊技能を持つメイドも多数所属してるそうです」
「怪しさ復活した! むしろ増した!」
「ホントかどうかは私も知りませんが、人間じゃないメイドもいるとか。鬼とか妖精とか悪魔とか。さすがに私もそれはさすがに、と思ってますけれど」
「怪しさ通り越して、危ない団体だろ、それ。……奨学金をもらえる条件ってのは?」
 本能的に危険を感じた達郎は、話題を元に戻す。
「協会の試験に合格し、かつ、現在進行形でメイドであること、ですね。私はどちらの要件も満たしてますので、問題ないです」
「ずいぶんとゆるゆるだな」
「上級の検定試験に合格すると、奨学金の額がさらに増えます」
「ほお。くるみはどのランクなんだ?」
「私は去年の夏合宿しか行ってませんから、一番下ですね。でも、次の試験でランクアップを目指します」
 まさか、と思って改めてテーブルを見る。広げられてたのは、大学受験用のテキストなどではなかった。
「はい、さっきまで勉強してました。幸い、私はこうしてご主人様のメイドになれましたので、実地試験はパスで、筆記だけなんです。……達郎、どうしました?」
 両手で顔を覆った達郎に対し、くるみが不思議そうに首を傾げる。
「俺は……俺はてっきり、真面目に受験勉強してるものだとばかり……」
「そっちもしてますよぉ。成績表だって、全部見せてるじゃないですか。くるみ、優等生なんですから」
 本人の言うとおり、確かにくるみの成績は優秀だった。入学試験こそすれすれだったものの、その後は着実に成績を上げている。
「そ、そうだったな。うん、学校の勉強もちゃんとやってるなら、俺からはこれ以上言うことはない」
 本当は言いたいことだらけだったが、あまり細かいところまで口出ししても逆効果だろうと、ぐっと我慢する。
「……ちゃんと聞いたことなかったけどさ、夏の合宿って、どんな感じだったんだ?」
「午前中が座学、午後が実地、でしたね。特に実地は、現役の先輩メイドが講師として直々に教えてくれたので、凄く参考になりました」
 世の中にはそんなにメイドが存在してるのかと、達郎は改めて驚く。
「特にお世話になったのは音々さんって方で、可愛い人でした。まだ若いけど、協会の役員なんだそうです。音々さんには個人的にもいっぱい、貴重なアドバイスもらいました。境遇が似てましたから」
 自分を妹のように思ってる、歳上の従兄を相手をどうやって籠絡したかを教えてもらったらしい。
「籠絡って」
「ご主人様の呼び方も聞きました。お兄ちゃん様、って呼んでるそうです」
「……」
 どう反応していいかわからない。
「もし、達郎が希望するなら、私もそう呼びますけど」
「いや、いい」
 一瞬、ほんの一瞬だけ、ちょっといいかも、と思ったのは絶対に秘密にしなければならない。
「音々さんにはライバルが三人もいるそうです。その点、私は恵まれてますね。……恵まれてるんですよね、私? まさか、他に囲ってる女、いませんよね?」
「いねえよ! いると思うか!?」
「私の目の届かない会社とか。やはり、定期的に偵察……いえ、様子を見に行くべきですね」
「やめて! マジでやめて!」
「達郎の会社、アルバイト、募集してたりしません?」
 メイドの目がきらん、と危険な光を帯びる。
「してません! お前は余計なこと考えなくていいから、勉強して!」
「わかりました。次のメイド試験、一発で合格できるよう、頑張ります!」
「違う! 頑張るのは大学受験!」
「頑張ったら、ご褒美、くれますか? たとえば……また二人で旅行、とか」
「う……ま、まあ、それくらいなら」
 この幼なじみに上目遣いで見つめられながらお願いされると、達郎はほぼ無条件に頷いてしまう。今のところ拒めてる数少ない例は、婚姻届へのサインくらいだ。
「やった! 婚前旅行ですね! くるみ、メイドの本場、イギリスに行ってみたかったんです!」
「待て、俺の思ってたのと規模が違う!」
「大丈夫です、メイド研修には、協会から補助が出ます!」
「なんでもありかメイド協会! いや、金の問題じゃなくて、婚前云々ってところ!」
「あ、新婚旅行にしちゃいます? もちろん、私は大歓迎です! 今ならまだ新妻JKメイドに間に合いますよ!」
 そう言ってくるみは、すっかりお馴染みとなった婚姻届を取り出す。毎回、出てくる場所が違うのは素直に凄いと思う。
「……旅行の件は、了解した。婚前でも婚後でもない、ごくごくノーマルな旅行なら、な」
「しかたないですね。今はそれで勘弁してあげます」
 上から目線のメイドは無事にどちらの試験も突破し、まんまと達郎から英国旅行をせしめ、JMAとは異なるメイド一派に所属する銀髪碧眼の少女と出会ったりするのだが、それはまた別のお話。