ページの関係で収録できなかった、ちょっとしたエピソードを書き下ろしました。
 エピローグ後の話なので、ネタバレの可能性もあります。本編を読んでからのほうが安全確実かと思われますので注意。
 主人公である八雲と、座敷童の八千代の名前で「八」がかぶってる理由に関する話です。
『八雲の名付け親』

「八雲って名前、ちょっと珍しいですわよね。どんな意味があるんですの?」

 きっかけは、夕食後に住人全員でまったりしていたときに久遠が発したこの一言だった。

「久遠はどう思うの?」

 自分の名前の由来はたまに聞かれることなので、八雲はいつものように質問に質問で返す。今のところ、正解できた人物はいない。恐らく、これから先も現れることはないだろう。

「なに、にやにやしてるんですのよ。……出身が島根、だったりとか?」

 人差し指を顎に当てながら久遠が言う。

「残念、ハズレ」
「島根と八雲の関連がよくわかりませんが」

 小首を傾げたのは、使い魔のマーヤに茶請けのピーナッツを食べさせていたダナだ。この使い魔、基本的になんでも食べる。

「ああ、そっか、日本人じゃないダナには難しいよね。ってか、日本語が達者すぎるから、外国人ってこと忘れてた……」
「お褒めいただき恐縮です、マスター。……もしかして、島根はかつて八雲と呼ばれていたのですか?」
「まあ、だいたいそんな感じ。……島根は知ってるんだね」
「島根の牛肉は美味しいです。トミーに食べさせてもらったことがあります」
「あー、あったね、そんなこと。うん、確かにあのお肉は絶品だった。分厚くカットしたステーキをつつきながら富ちゃんとたらふく飲んだなぁ」

 そのときの味を反芻したのか、じゅるりと涎を啜ったのは無論、このアパートの主とも言える八千代だ。

「八千代の記憶は常にアルコールと結びついてますね」
「えへへへ、照れるなぁ」
「褒めてません、断じて」

 放っておくと座敷童と吸血鬼の漫才はいつまでも続くので、誰かが止めなければならない。今回は最初に話題を振った久遠だった。

「はいはい、妖怪漫才はそこまでにしてくださいな」
「八千代と同じカテゴリにされるのは嬉しくないです、吸血鬼として」

 ダナがぼそりと不満を口にしたが八千代は笑いながら受け流し、いつものように杯に酒を注ぐ。

「地名ではないとすると、漢字に意味があるんですか? 八つの雲には、この国ではなにか特別な象徴が込められている、とか」

 久遠に続いてダナも自分の推理を口にするが、八雲はこれにも首を横に振る。

「それも違うよ。ああ、でも半分は正解、かな?」
「どういう意味ですの?」
「はっきりした解答を希望します、マスター」

 久遠とダナが焦れたように身を乗り出してくる。

「名前に『八』って漢字を入れるのが一番の目的だったんだってさ、僕の名付け親は。だから他の候補も、八郎とか新八とか八太郎とか、そんな感じだったみたい」
「確かに日本では八という数字は縁起がいいとされてるようですが、それにしてもなかなかのこだわりですね」
「……あ、も、もしかして八雲の名付け親って……八千代さんですの?」
「はい、久遠ちゃんせいかーい」
「え。マスターの名前をつけたのは八千代なんですか!?」
「そだよー。正確には富ちゃんと二人で、だけどねー。表向きには富ちゃん単独ってことになってるよー」

 久遠とダナの驚いた顔に、八千代は満足そうに杯を傾ける。いつものことではあるが、相当なハイペースだ。座敷童のくせにここまで育ってしまったのはアルコールに原因があるのではないかと、八雲は密かに疑っている。

「やっくんの両親に頼まれた富ちゃんが、あたしと二人で三日三晩考え続けたんだよねぇ。あたしの人生であんなに悩んだの、そうそうないなぁ」
「悩んだ結果があれ、なんだよね」
「なになに、やっくん、もしかして不満なの!? おねぇちゃんと富ちゃんで三日三晩ときどき寝たり食べたり飲んだりしながら考えた名前、気に入らなかったの!?」

 苦笑いする八雲に、八千代がちょっと涙目になりながらしがみつく。

「気に入ってるよ、もちろん。ただ、名前の由来を説明するのがちょっと難しいのが困るかな、とは思うけど」

 ここでようやく話が元に戻る。

「そうですわ、それで結局のところ、どうして八雲って名前になったんですの?」
「末広がりで縁起がいいし、あたしとお揃いだし、二人並ぶと八八艦隊みたいでカッコイイって理由で『八』を採用して、あとはなんか響きがカッコイイから『八雲』。カッコイイでしょ?」

 真顔で、というかどちらかというとドヤ顔で解説する八千代に対し、

「え? ほ、本当にそんな理由、なんですの?」

 久遠は唖然としたような、

「…………」

 ダナは呆れたような反応を見せる。

「え。だって八八艦隊だよ? あたしとお揃いだよ? 和風っぽいし、カッコイイでしょ? でしょ?」

 久遠とダナの反応が心外だったらしく、八千代が強引に同意を求める。

「だからね、あたしはやっくんのおねぇちゃんであると同時に名付け親でもあるの。つまり、やっぱりあたしが一番ってことよねっ」
「意味不明ですわ」
「どさくさに紛れてなにをほざいてるんですか、この酔いどれ駄メイドは」

 得意顔の八千代に対し、久遠とダナはやれやれと首を振る。ある意味、いつもの構図だ。

「八雲はそれで納得してますの?」
「うん、僕は気に入ってるよ」

 憧れの人から一文字もらったのだから、文句などあるはずもない。
 そのせいでこの後、銀髪メイドと幼なじみメイドに執拗に問い詰められるとも知らず、八雲は八千代に向けて笑顔を見せた。