
青橋由高(著)
青橋商店
こちらはいつもの青橋路線です。
元ネタは6月に出た「お姉ちゃんのムコになれ!」と今月中旬発売予定の「トリプル押しかけお姫様」です。
この2作の後日談をそれぞれ短編にしました。
いつも以上に未読の方にはわけわかんない内容となっておりますので、そういった意味ではこちらも注意してください。
以下、それぞれのサンプルです。エロはなし。本編にはあります。
当然のように美少女文庫本編のネタバレもありますので注意。
(「お姉ちゃんとイベントに行こう!」より抜粋)
「お姉ちゃん、今年も冬のイベントに参加する!」
光原家のダメ長女・沙月がそう宣言した瞬間、自動的に義弟である龍之介が巻き込まれることが確定した。
他のことであれば、
「おいこら姉さん、龍之介は私の男だ、勝手にこき使うな」
「独り占めはズルいですわ。私も一緒にやります!」
と即座に対抗してくる次女の希望と三女の流音も今回ばかりは、
「……頑張れ、龍之介」
「健闘を祈りますわ、龍」
助けを求める弟の視線から目を逸らし、あっさりと逃げてしまった。
(ああ、希望姉さんもるー姉もひどいっ)
しかし、二人の姉の気持ちも龍之介はよくわかるのだ。
これが沙月の普段の仕事、つまり商業マンガの手伝いであれば不器用な希望はともかく、流音はバイト代目的で参加したはずなのだ。
「あれ、るーちゃん、今回は手伝ってくれないのー?」
「……もうこりごりですわ、あれは」
「えー。希望ちゃんはー? 搬入と売り子さんだけでいいんだけどー」
「……勘弁してくれ、姉さん」
希望も流音も、長女と目を合わせようとしない。その代わり、二人とも同時に弟に視線を遣り、
「頼みましたわよ、龍」
「すまんがあとはよろしく」
という顔をするのだ。
「なんでなんでー? 二人とも、去年は手伝ってくれたのにぃ」
プロのマンガ家として八年のキャリアを誇る沙月だが、実はイベント参加経験は昨年末の一度きりだ。
沙月が描くのは成年・青年向けのかなり偏ったジャンル(弟&妹萌え)に特化した作風ではあるが、これが意外とファンが多い。
「いや、だからこそ姉さんたちは嫌がってるんじゃないかな」
「? どうして?」
相変わらずの長い髪で顔の大半を隠したまま、沙月がこくんと首を傾げる。
その仕草は二十六歳とは思えないほどあどけない。
ただし、同時にゆさりと重たげに揺れた乳房は見事なまでに大人の色香を振りまき、
「……ちっ」
微かに次女の舌打ちも聞こえてくる。
「だ、大丈夫だってばー。今度は二度目だし、早めに印刷所に入稿するし、台車忘れて人海戦術で同人誌運んだりしないし、お釣りもちゃんと多めに準備するしー」
「マンガ家の言葉を信じられるほど、私はお人好しじゃない」
「お姉ちゃんには申し訳ありませんが、私もその……あの地獄はもう……」
沙月は懸命に人足を確保しようとしたが、妹二人は目を合わせることすら拒む。
(希望姉さんとるー姉の気持ちもよくわかるんだよね……。あのときは、本当に大変だったもん)
なにしろ初めてのイベント参加である、右も左もわからないのだ。
沙月はあの性格だからあまりリアルの友人知人がいない。すると必然的に妹と弟が主戦力となる。
しかし沙月はどこに出しても恥ずかしい立派な引きこもりのダメ人間である、作品を描くということ以外の仕事はできない。むしろ動くと邪魔になる。
(当日はスペースでぐったりしてるだけで、全然なにもしてなかったし)
希望は確かに荷物の搬入や車の運転(意外なことに、これだけは見事な腕前なのだ)で貢献してくれたが、超絶不器用のため、アシスタント作業や設営などは一切任せられない。
さらに、時期的に本業(教師)が忙しく、手伝いたくないのは当然だろう。
(年末の希望姉さんに手伝ってもらうのは、確かに申し訳ないよね……)
ちなみに、昨年末は沙月だけでなく希望の仕事も手伝わされたため、龍之介の負担は、それはもう尋常ではなかった。今年の元旦の記憶などまったく残っていないほどである。
「……な、なんですの、お姉ちゃん、龍」
「じー」
「じー」
その点、三女の流音は充分戦力になる。少なくとも、邪魔にはならない。
アシスタントとしても使えるし、力仕事は無理でも雑用などをこなす能力はしっかり持っているのだ。
上の二人の姉と違い、同じダメ人間でも、流音は「やれるけど面倒だからやらない。弟ができることは自分はやらない」だけなので、やる気さえ出してくれればいいのだ。
が。
「イヤですわよ、もう! あんな寒くて人がいっぱいのところなんて!」
この金髪碧眼の美姉は寒さも人混みも嫌いなため、やる気を期待するのは厳しそうだ。
ちなみに、暑いのも嫌いだ。
「そっかー。じゃあ、今年はわたしと龍くんの二人きりで頑張らないとね。えへへ、なんだか初めての共同作業って感じで新婚さんっぽいねぇ」
相変わらず思考の飛躍具合が凄い沙月だが、これまたいつものように残る二人からのツッコミが入る。
「ちょっと待て姉さん。その解釈は恣意的すぎるだろうがっ」
「そもそも、龍は私のお婿さんなんですから、新婚という言葉のチョイスは間違ってます!」
「いやいや、お前の発言もおかしいぞ流音っ。アレは私の男だ、婿だ、旦那様だっ」
「年齢的にもバストサイズ的にも、龍に一番相応しいのは誰がどう見ても私ですわ!」
「歳と乳の話はするなこのドリル!」
「なっ……私のこの見事なヘアスタイルを愚弄するなんて何様ですのっ!」
「お姉様だ!」
穏やかな、姉弟水入らずの団欒が、長女の一言によって阿鼻叫喚の様相を呈し始める。
「あー、もう、ケンカはダメー。姉妹は仲良くしなきゃダメだってばー」
その元凶である沙月の言葉が届くはずもなく、だからつまり、結局いつものように仲介に入るのは龍之介なのだった。
(「お姫様とイベントに行こう!」より抜粋)
「わらわは同人誌即売会とやらに行ってみたいぞ、育人」
異国からやって来た美しい姫が突然そんなセリフを吐いたのは、残暑が落ち着いてきた初秋、学校から自宅へと歩いているときだった。
「……なんで突然そんなこと言い出したの、サーラ」
育人の問いかけに、
「サーラさんによからぬこと吹き込んだ同級生がいたんです、漫研の子が」
銀色の髪を秋風にたなびかせていたうららが答える。
「ああ、あいつか……」
毎年お盆と年末になると鬼江村から有明まで旅立つクラスメイトの顔を思い出す。
「わたくしも興味ありますわ。ラクスブルクでも日本のカルチャーは有名ですし、日本語を勉強する際、マンガやアニメも参考にしましたから、結構詳しいです」
少しばかり自慢げに金髪のドリル姫・アンリが胸を張る。
制服の上からでも圧倒的なサイズのバストが余計に強調されてしまい、育人はつい胸に視線を遣ってしまう。
(うう、アンリのおっぱい、本当に凄いや。気のせいか、最近また大きくなったような気もするし)
昨晩揉んだばかりの乳房を思い出していると、脇腹に鋭い痛みが走った。犯人はもちろん、バストサイズにコンプレックスを抱く巫女姫・うららである。
「なにをだらしのない顔してるんですかバカ育人。ただでさえ締まりのない造作なんですから、せめて表情だけでもきりっとさせなさいバカ育人のバカ」
「バカバカ言うなよ。あと、脇腹思い切りつねるの反則だって……いててて」
あまり強く文句を返せないのは、後ろめたいせいだ。
この幼なじみ相手に「アンリの胸なんて見てなかった」なんて言い訳しても通じないし、口喧嘩で勝てるなどとは夢にも思ってない。
「うららは乳の大きさを気にしすぎだな。何度も言ってるだろう、乳が大きければ大きいなりの苦労があるのだと。なあ、アンリ」
「そうですね。常に肩が凝りますし、歩くときも足下が見えませんから神経使います。あと、運動するときはしっかり固定しないと揺れすぎて痛いっ!?」
「うおぅ!?」
アンリとサーラがびくんとその場で跳ねたのは、これまたうららの脇腹つねりが炸裂したためだ。
「それ以上くだらない会話を弄するつもりでしたら、次は急所を弓で射貫きますよ?」
「す、すみません、うららさん」
「わ、悪かったなうらら」
異国の姫たちがどこか脅えたように見えるのは、恐らく先日、うららが二人の前で披露した弓道の腕前を思い出したからだろう。
(うららの弓は確かに凄いもんなぁ。さすがに若ちゃんには負けるけど。あの人が力使ったらそれこそ無敵だろうし)
もっともこの二人、どうせまたあとで「乳のせいで肩が凝ったな。育人、揉んでくれないか。ついでに乳を揉んでもかまわんぞ?」「育人、胸が重くて辛いですわ。ブラの代わりに支えてくれませんか?」などと、わざとうららの前で言ったりするのは確実なのだが。
(まあ、それくらい三人が打ち解けてきたってことだよね)
ただし、三人が争った場合、かなりの高確率でその後始末をするのは育人となる点だけが問題ではある。
「話を戻すけど、夏のあのイベントはもう終わっちゃったよ? 次は年末だけど、さすがに今度はサーラもアンリも国に帰るでしょ?」
夏は色々な事件などもあり、結局二人は母国に里帰りしなかったのだ。
「そうだな。くららがあれこれ手を回してくれたおかげで権力争いなどの心配はせんで済むが、たまには親兄弟に顔を見せなくてはならんな」
「わたくしも年末年始は国の行事がありますから……」
「あら、それは残念です。でも、やっぱり新年は一番大切な家族と迎えるべきですしね。お二人の代わりに、私がそこのバカ育人の面倒を見ておきますから、安心してください。ああ、なんでしたらそのまま自分の国に居続けてもまったく一向に欠片も困りませんので、是非」
三人の美しくもクセのある姫たちが一瞬だけ睨み合う。その刹那、鳥肌が立つような寒気を感じ、育人はぶるりと肩を震わせる。
(打ち解けてきた分、言い争いが遠慮なくなってきてるよね、この三人……)
本当に仲が悪いわけではない。ないのだが、本気で張り合うため、仲介役もしくは緩衝材役(火種役という説もある)の育人にとっては気が気でない。
「いや、うららは気にせず、自分の家族と新年を迎えればよい。育人はわらわと一緒にサーシェルに来い。両親や兄弟、親族に紹介してやろう」
「ダ、ダメですわ、育人はわたくしと二人でラクスブルクに行くんですから! 正式発表はまだ先ですけれど、内々に婚約者として国の臣下たちに紹介する必要もありますし!」
「なにをほざいてるんですか二人とも。育人は日本で新年を迎えるんですっ。この種馬の面倒は私が引き受けますから、サーラさんもアンリさんもとっとと日本から出てってください!」
道の真ん中でプリンセスたちの言い争いが勃発する。
「あ、あの……みんな? そこらへんの話はまだ早いし、それに……僕の親だって、さすがに年末年始くらいは家に帰ってくるよ? ね、聞いてる? ねぇってば」
残念なことに、育人の話を聞くような少女はこの場には一人としていなかった。
「お姉ちゃん、今年も冬のイベントに参加する!」
光原家のダメ長女・沙月がそう宣言した瞬間、自動的に義弟である龍之介が巻き込まれることが確定した。
他のことであれば、
「おいこら姉さん、龍之介は私の男だ、勝手にこき使うな」
「独り占めはズルいですわ。私も一緒にやります!」
と即座に対抗してくる次女の希望と三女の流音も今回ばかりは、
「……頑張れ、龍之介」
「健闘を祈りますわ、龍」
助けを求める弟の視線から目を逸らし、あっさりと逃げてしまった。
(ああ、希望姉さんもるー姉もひどいっ)
しかし、二人の姉の気持ちも龍之介はよくわかるのだ。
これが沙月の普段の仕事、つまり商業マンガの手伝いであれば不器用な希望はともかく、流音はバイト代目的で参加したはずなのだ。
「あれ、るーちゃん、今回は手伝ってくれないのー?」
「……もうこりごりですわ、あれは」
「えー。希望ちゃんはー? 搬入と売り子さんだけでいいんだけどー」
「……勘弁してくれ、姉さん」
希望も流音も、長女と目を合わせようとしない。その代わり、二人とも同時に弟に視線を遣り、
「頼みましたわよ、龍」
「すまんがあとはよろしく」
という顔をするのだ。
「なんでなんでー? 二人とも、去年は手伝ってくれたのにぃ」
プロのマンガ家として八年のキャリアを誇る沙月だが、実はイベント参加経験は昨年末の一度きりだ。
沙月が描くのは成年・青年向けのかなり偏ったジャンル(弟&妹萌え)に特化した作風ではあるが、これが意外とファンが多い。
「いや、だからこそ姉さんたちは嫌がってるんじゃないかな」
「? どうして?」
相変わらずの長い髪で顔の大半を隠したまま、沙月がこくんと首を傾げる。
その仕草は二十六歳とは思えないほどあどけない。
ただし、同時にゆさりと重たげに揺れた乳房は見事なまでに大人の色香を振りまき、
「……ちっ」
微かに次女の舌打ちも聞こえてくる。
「だ、大丈夫だってばー。今度は二度目だし、早めに印刷所に入稿するし、台車忘れて人海戦術で同人誌運んだりしないし、お釣りもちゃんと多めに準備するしー」
「マンガ家の言葉を信じられるほど、私はお人好しじゃない」
「お姉ちゃんには申し訳ありませんが、私もその……あの地獄はもう……」
沙月は懸命に人足を確保しようとしたが、妹二人は目を合わせることすら拒む。
(希望姉さんとるー姉の気持ちもよくわかるんだよね……。あのときは、本当に大変だったもん)
なにしろ初めてのイベント参加である、右も左もわからないのだ。
沙月はあの性格だからあまりリアルの友人知人がいない。すると必然的に妹と弟が主戦力となる。
しかし沙月はどこに出しても恥ずかしい立派な引きこもりのダメ人間である、作品を描くということ以外の仕事はできない。むしろ動くと邪魔になる。
(当日はスペースでぐったりしてるだけで、全然なにもしてなかったし)
希望は確かに荷物の搬入や車の運転(意外なことに、これだけは見事な腕前なのだ)で貢献してくれたが、超絶不器用のため、アシスタント作業や設営などは一切任せられない。
さらに、時期的に本業(教師)が忙しく、手伝いたくないのは当然だろう。
(年末の希望姉さんに手伝ってもらうのは、確かに申し訳ないよね……)
ちなみに、昨年末は沙月だけでなく希望の仕事も手伝わされたため、龍之介の負担は、それはもう尋常ではなかった。今年の元旦の記憶などまったく残っていないほどである。
「……な、なんですの、お姉ちゃん、龍」
「じー」
「じー」
その点、三女の流音は充分戦力になる。少なくとも、邪魔にはならない。
アシスタントとしても使えるし、力仕事は無理でも雑用などをこなす能力はしっかり持っているのだ。
上の二人の姉と違い、同じダメ人間でも、流音は「やれるけど面倒だからやらない。弟ができることは自分はやらない」だけなので、やる気さえ出してくれればいいのだ。
が。
「イヤですわよ、もう! あんな寒くて人がいっぱいのところなんて!」
この金髪碧眼の美姉は寒さも人混みも嫌いなため、やる気を期待するのは厳しそうだ。
ちなみに、暑いのも嫌いだ。
「そっかー。じゃあ、今年はわたしと龍くんの二人きりで頑張らないとね。えへへ、なんだか初めての共同作業って感じで新婚さんっぽいねぇ」
相変わらず思考の飛躍具合が凄い沙月だが、これまたいつものように残る二人からのツッコミが入る。
「ちょっと待て姉さん。その解釈は恣意的すぎるだろうがっ」
「そもそも、龍は私のお婿さんなんですから、新婚という言葉のチョイスは間違ってます!」
「いやいや、お前の発言もおかしいぞ流音っ。アレは私の男だ、婿だ、旦那様だっ」
「年齢的にもバストサイズ的にも、龍に一番相応しいのは誰がどう見ても私ですわ!」
「歳と乳の話はするなこのドリル!」
「なっ……私のこの見事なヘアスタイルを愚弄するなんて何様ですのっ!」
「お姉様だ!」
穏やかな、姉弟水入らずの団欒が、長女の一言によって阿鼻叫喚の様相を呈し始める。
「あー、もう、ケンカはダメー。姉妹は仲良くしなきゃダメだってばー」
その元凶である沙月の言葉が届くはずもなく、だからつまり、結局いつものように仲介に入るのは龍之介なのだった。
(「お姫様とイベントに行こう!」より抜粋)
「わらわは同人誌即売会とやらに行ってみたいぞ、育人」
異国からやって来た美しい姫が突然そんなセリフを吐いたのは、残暑が落ち着いてきた初秋、学校から自宅へと歩いているときだった。
「……なんで突然そんなこと言い出したの、サーラ」
育人の問いかけに、
「サーラさんによからぬこと吹き込んだ同級生がいたんです、漫研の子が」
銀色の髪を秋風にたなびかせていたうららが答える。
「ああ、あいつか……」
毎年お盆と年末になると鬼江村から有明まで旅立つクラスメイトの顔を思い出す。
「わたくしも興味ありますわ。ラクスブルクでも日本のカルチャーは有名ですし、日本語を勉強する際、マンガやアニメも参考にしましたから、結構詳しいです」
少しばかり自慢げに金髪のドリル姫・アンリが胸を張る。
制服の上からでも圧倒的なサイズのバストが余計に強調されてしまい、育人はつい胸に視線を遣ってしまう。
(うう、アンリのおっぱい、本当に凄いや。気のせいか、最近また大きくなったような気もするし)
昨晩揉んだばかりの乳房を思い出していると、脇腹に鋭い痛みが走った。犯人はもちろん、バストサイズにコンプレックスを抱く巫女姫・うららである。
「なにをだらしのない顔してるんですかバカ育人。ただでさえ締まりのない造作なんですから、せめて表情だけでもきりっとさせなさいバカ育人のバカ」
「バカバカ言うなよ。あと、脇腹思い切りつねるの反則だって……いててて」
あまり強く文句を返せないのは、後ろめたいせいだ。
この幼なじみ相手に「アンリの胸なんて見てなかった」なんて言い訳しても通じないし、口喧嘩で勝てるなどとは夢にも思ってない。
「うららは乳の大きさを気にしすぎだな。何度も言ってるだろう、乳が大きければ大きいなりの苦労があるのだと。なあ、アンリ」
「そうですね。常に肩が凝りますし、歩くときも足下が見えませんから神経使います。あと、運動するときはしっかり固定しないと揺れすぎて痛いっ!?」
「うおぅ!?」
アンリとサーラがびくんとその場で跳ねたのは、これまたうららの脇腹つねりが炸裂したためだ。
「それ以上くだらない会話を弄するつもりでしたら、次は急所を弓で射貫きますよ?」
「す、すみません、うららさん」
「わ、悪かったなうらら」
異国の姫たちがどこか脅えたように見えるのは、恐らく先日、うららが二人の前で披露した弓道の腕前を思い出したからだろう。
(うららの弓は確かに凄いもんなぁ。さすがに若ちゃんには負けるけど。あの人が力使ったらそれこそ無敵だろうし)
もっともこの二人、どうせまたあとで「乳のせいで肩が凝ったな。育人、揉んでくれないか。ついでに乳を揉んでもかまわんぞ?」「育人、胸が重くて辛いですわ。ブラの代わりに支えてくれませんか?」などと、わざとうららの前で言ったりするのは確実なのだが。
(まあ、それくらい三人が打ち解けてきたってことだよね)
ただし、三人が争った場合、かなりの高確率でその後始末をするのは育人となる点だけが問題ではある。
「話を戻すけど、夏のあのイベントはもう終わっちゃったよ? 次は年末だけど、さすがに今度はサーラもアンリも国に帰るでしょ?」
夏は色々な事件などもあり、結局二人は母国に里帰りしなかったのだ。
「そうだな。くららがあれこれ手を回してくれたおかげで権力争いなどの心配はせんで済むが、たまには親兄弟に顔を見せなくてはならんな」
「わたくしも年末年始は国の行事がありますから……」
「あら、それは残念です。でも、やっぱり新年は一番大切な家族と迎えるべきですしね。お二人の代わりに、私がそこのバカ育人の面倒を見ておきますから、安心してください。ああ、なんでしたらそのまま自分の国に居続けてもまったく一向に欠片も困りませんので、是非」
三人の美しくもクセのある姫たちが一瞬だけ睨み合う。その刹那、鳥肌が立つような寒気を感じ、育人はぶるりと肩を震わせる。
(打ち解けてきた分、言い争いが遠慮なくなってきてるよね、この三人……)
本当に仲が悪いわけではない。ないのだが、本気で張り合うため、仲介役もしくは緩衝材役(火種役という説もある)の育人にとっては気が気でない。
「いや、うららは気にせず、自分の家族と新年を迎えればよい。育人はわらわと一緒にサーシェルに来い。両親や兄弟、親族に紹介してやろう」
「ダ、ダメですわ、育人はわたくしと二人でラクスブルクに行くんですから! 正式発表はまだ先ですけれど、内々に婚約者として国の臣下たちに紹介する必要もありますし!」
「なにをほざいてるんですか二人とも。育人は日本で新年を迎えるんですっ。この種馬の面倒は私が引き受けますから、サーラさんもアンリさんもとっとと日本から出てってください!」
道の真ん中でプリンセスたちの言い争いが勃発する。
「あ、あの……みんな? そこらへんの話はまだ早いし、それに……僕の親だって、さすがに年末年始くらいは家に帰ってくるよ? ね、聞いてる? ねぇってば」
残念なことに、育人の話を聞くような少女はこの場には一人としていなかった。
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