アンケート感謝企画、書き下ろし短編「優志の長い休日」です。
 本にすると20ページちょっとくらいですね。
 コアな読者向け、という前提&プロットもろくに考えずに書き殴ったお遊び作品ですので、過度な期待は禁物です。エロもなし。

 では、それでも読みたいという奇特な方だけ、以下にお進みください。

/////1/////

「おいゆーじ、出かけるぞ」

 八重歯を一回り大きくしたような二本の牙を見せながら、真鈴が突然そんなことを言い出したのは、とある休日の朝だった。

「…………眠い」

 時刻は午前九時過ぎ。普段の優志であればとっくに起きて、真鈴のための朝食の準備のみならず、掃除洗濯まで終わらせている時間帯だ。

「聞こえなかったのか、この下僕犬! 主である私が出かけると言ってるんだ、さっさと起きて準備をしろ!」

 げしっ。

「うごっ!?」

 少女の容赦ない蹴りが優志の脇腹にめり込む。

「いて、いてえ!? おま、今のマジで痛かったぞ!? つま先がレバーに突き刺さったぞ、おい!」
「くふふ、おかげで目が覚めたであろう? そら、ちゃっちゃと起きぬか。召使いのクセにいつまで惰眠を貪っておるのだ、この無駄飯食らいが」

 再度蹴りを見舞う仕草を見せたので、優志は飛び起きて安全圏へと我が身を逃がす。一見小柄な少女ではあるが、筋力は人間のそれとは比較にならない。もちろん加減してはくれてるはずだが、冗談では済まないくらいにあれは痛いのだ。

「ったく、休日だけは早起きしやがって! 普段は何度起こしてもベッドから出ないクセに、このダメ吸血鬼がっ」
「なにを言っておる。普段起きられないのは、毎晩毎晩、貴様が私のこの完璧な女体を貪るからであろ? 主を犯すとはとんでもない輩だからな、ゆーじは」

 その説が正しければ今朝も真鈴は起きられないことになるのだが、なにを言っても最後は自分が折れることになると骨身に沁みて理解している優志は、無言のままベッドを降りる。

「へえへえ、俺が悪いんだろ、お姫様。……う、腰いてぇ」

 起き上がった瞬間、腰に鈍い痛みが走った。翌日、つまり今日がが休みだからと、昨晩ちょっと張り切りすぎたせいだろう。

(朝方まであんなことしてたんだ、そりゃそうか)

 ちらりと背後の恋人を見る。
 シルクのキャミソールから覗く首筋や腕には、赤いキスマークが浮かんでいる。もちろん、すべて優志がつけたものだ。

「昨晩あれほど私を慰み者にしたクセに、またよくじょーしたのか? くふっ、犬を無限に発情させるとは、私のこの美しさも罪だな?」
「う、うっせー、昨夜は散々血を吸いやがって! おかげでだるいったらねえぞ!?」
「しかたあるまい。お前の血は美味すぎるのだ」
「理由になってねえ!」
「黙れ。そら、さっさと用意をしろ。ああ、朝食はいらないぞ? 今日は一日、外食三昧だからな、せいぜい腹を減らしておくがいい」

/////2/////

「今日のスケジュールだ。頭に叩き込んでおけ」

 手渡されたメモには、真鈴の字でいくつかの店名らしきものがずらずらと並んでいた。

「なになに……まずは『美味しいスイーツでブランチ』?……って、朝から甘いものかよ!」
「手っ取り早く血糖値を上げるには甘い物が一番だ」
「いや、だったらご飯類のほうがゆっくり上昇するから体にいいぞ?」
「うるさい! 黙れ! 私が食べたいんだから、ゆーじはそれに黙って付き合えばいいのだ!」
「……へいへい」

 逆らっても無駄だし、疲れている上に空腹だったので、それ以上はなにも言わないことにする。
 一方の真鈴は、昨日大量に優志の血を吸ったこともあり、ウザいほどに元気だ。厚い雲で覆われた天気も理由の一つだろう。なんだかんだで日光は苦手なのだ。

「そんで、最初の店がここなのか? ずいぶん混んでるな」

 タクシーを使ってやって来たのは、「プティ・スール」という洋菓子店だった。

「この店には休日限定メニューがあるのだ」
「なるほど、お前も含めて、みんなそれがお目当てか」
「…………で、なにしてるのだ、犬よ」
「は?」
「さっさと買って来いと言ってるのがわからないのか? 店内混んでるから、テイクアウトしてどっか別のところで食べるぞ」

 言い返すのも面倒だったので、優志は一人で行列の最後尾に並ぶ。あらかじめ調べてあったのだろう、「これとこれを買え」と注文する品を言い渡される。
 優志に並ばせた真鈴は、斜向かいのコンビニに向かっていく。優志に並ばせておいて、自分はその間、立ち読みでもして時間を潰す算段のようだ。

(あーあ、ホント、ワガママなお姫さまだな)

 あそこまで甘やかしたのは自分の責任でもあるし、そんなところも含めて惚れてしまったのだからしかたがない。

(けど、確かに凄い人気みたいだな、この店)

 並んでる間、手持ち無沙汰だったので店内を観察してみたが、他の店と比べて特別違っている点は見当たらない。

(……いや、あるな)

 一つだけ、他店と比較して優っている点に気づく。

(この店、やたらとウエイトレスのレベル高いな。制服もそうだけど、女の子がみんな可愛いし)

 店内には数人のウエイトレスが忙しそうに働いているが、全員、美少女だ。

(ここの店長、顔で採用してるんじゃないのか?)

 文字通り人間離れした容姿を持つ真鈴で耐性がある優志ですらつい目が行ってしまうほどだから、他の男ならこのウエイトレス目当てで通うことも考えられる。
 実際、店内には結構な数の男性客がいる。

(あの二人、ちょっと顔立ちが似てるな)

 美少女揃いのウエイトレスのなかでも、特に目立っていたのがポニーテールとシニヨンの二人だ。どことなく雰囲気も似通っている。
 もしかしたら姉妹かな、などとぼんやり考えていると、

「お待たせしました。本日はお持ち帰りですか?」

 列が進み、ようやく優志の番となった。

「あ、はい、持ち帰りで。この限定ケーキと『ファムファタル』、それぞれ二個ずつで」
「ありがとうございます」

 なぜか女性店員で一人だけ違う制服(シックなワンピースタイプ)を着ていた美女からケーキを受け取り外に出ると、

「私以外の女になにデレデレしておるのだ、この痴れ者がッ」

 コンビニの袋を持った真鈴が、不機嫌そうな顔で優志を睨んでいた。

/////3/////

「まったく、ゆーじの節操のなさにはほとほと感心するぞ? どうすればそこまで女に対してだらしなくなれるのだ?」
「……お前の言葉だけだと、俺がとんでもない女好きに聞こえるのだが」
「事実であろうが! あんな……ひらひらした服を着ただけの女に目を奪われおって!」
「あー、はいはい、俺が悪かったよ。謝るから、さっさと食おうぜ? すぐに食べるって聞いてたから、保冷剤、入れてもらってないんだよ」
「くっ、話を逸らすな、ゆーじ!」
「お、空いてるベンチ発見! あそこで食うか」

 まだ文句を続けようとするワガママ吸血姫を無視して、優志は公園のベンチを確保する。
 ベンチの上にケーキとデザート、そして真鈴がコンビニで買って来た飲み物を並べる。

「ほら、食わないのか? だったら俺がお前の分も」
「だ、誰がそんなことを言った!? こら、私のケーキに手を出すでない!」

 優志への弾劾はひとまず棚上げして、まずは食欲を満たすことを選択した真鈴であった。

/////4/////

 真鈴の機嫌を直すのに美味しい食事が極めて有効であることは、自身の経験から優志はよく知っていた。

「おお、このケーキの上品な味わい……期待以上に美味しいぞ!」

 休日限定のケーキを口にした瞬間に優志への不満は霧散し、

「こ、このデザートの滑らかな舌触りと後味のよさは……!」

 この店の一番人気らしいデザートを食べ終えたときには、真鈴は目に見えて上機嫌になっていた。

(こいつのこういう単純なところ、可愛くて好きだなあ)

 頬についたクリームをハンカチで拭ってやりながら、優志もつい笑顔になる。

「どーだ、美味かったろう!?」

 まるで自分が作ったかのように威張る恋人の得意げな顔を見ているだけで幸せな気分になれるのだから、優志も単純ではある。

「ああ、確かに。ここまで来た甲斐はあったな」
「そうだろうそうだろう! くふっ、この真鈴様が選んだ店だ、不味いはずがない! さあ、いつまで座っているのだ下僕、さっさと次に行くぞ!」
「は? 今食い終わったばかりだろ? しかも次は……」

 渡されたメモを見ると、このあとに向かう予定なのは中華料理店だ。

「おいおい、甘いもん食った直後に中華はキツいだろ? せめてもう少し食休みしないと無理だって」
「安心するがいい、その店に着く頃にはしっかり腹が減っているはずだからな」

/////5/////

 真鈴のその言葉どおり、二軒目の店に着いたときには、優志は確かに空腹を覚えていた。

「ど、どうだ、私の言ったとおりだろう? お腹ぺこぺこだろう? 今なら中華料理のフルコースも食べられそうであろう?」

 どこか破れかぶれな様子で優志に言い放つ真鈴の顔にも、空腹と、そしてそれ以上に疲労の色が見て取れた。

「ああ、そりゃ腹も減るだろうさ……三時間も歩いてりゃな!」
「くっ……男のクセに、、いつまでも細かいことをうだうだと!」
「小一時間と三時間の差が細かいと言い張るのか、お前は!」

 真鈴は食休みと腹ごなしを兼ねて徒歩で目的の中華料理店に向かうつもりだったらしいが、途中で道を間違えまくり、予定の三倍以上の時間と労力をかける羽目になったのだ。

「迷ったとわかったときに、さっさと交番で道を訊くとか、タクシー使うとかすりゃよかったんだ」

 交番に行くと負けた気になるから。
 タクシー使うと道を間違えたことを認めることになるから。
 そのような、なんだかよくわからない理由で延々と歩き回ってようやく到着したのである、優志が文句を言いたくなるのも致し方ないところであろう。

「う、うるさいうるさいうるさい! ゆーじのクセにうるさいぞ、この!」
「なに逆ギレしてやがんだ!」
「ええい、黙れ、さっさと店に入るぞ! 私はさっさと座りたいし、さっさと食べたいのだ!」

 小言から逃げるように入店した真鈴を追うように、優志もあとに続く。

/////6/////

 店内に入った優志がまず最初に驚いたのは、

(うお、チャイナがいっぱい!?)

 ウエイトレス・ウエイター全員がチャイナ服を着ていたことだった。
 無論、際どいデザインではないが、男の性としてついついウエイトレスを目で追ってしまう。

(おっと、やばいやばい、気をつけないと、また真鈴がヤキモチ焼いちまうな)

 こういうときだけは無駄に鋭い恋人が傍らにいるのだ、下手なことはできない。

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

 清楚な雰囲気のウエイトレスが優志たちを店内に案内する。中途半端な時間だったわりには、客は少なくない。繁盛している店のようだ。

(しかしこの娘……胸デカいなあ)

 案内してくれたウエイトレス(当然チャイナ着用)は、さっきの「プティ・スール」のウエイトレスに優るとも劣らない美少女だった。しかも、チャイナ服を押し上げている胸の膨らみは、変身後の真鈴と同じくらいはありそうだ。

(うーん、この店、味じゃなくてウエイトレスで客集まってんじゃないか?)

/////7//////

 しかしそんな失礼な考えは、運ばれてきた一品目を口にした瞬間、見事なまでに吹き飛んでいた。チャイナ服に続く驚きに、優志の目が見開かれる。

「おお、美味い!? なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞ!?」
「んおお、こ、これは……!」

 歩き回ったせいで空腹になっていたのでちょっと贅沢してコース料理を頼んだのだが(それでもお値段はリーズナブル)、かなりの品目・量にもかかわらず、優志と真鈴は余裕で完食してしまう。

(この値段設定でこの味、このヴォリューム……まさにプロの仕事だ……!)

 料理が趣味である優志は味にうるさいが、この「桜桃飯店」の仕事にはケチのつけようがなかった。
 腹が減っていたという点を差し引いても、今まで食べた中華料理のなかでトップクラスなのは間違いない。

(よし、今度本格的に中華料理にもチャレンジしてみよう)
「あ、こらゆーじ、お前、変な対抗意識持つんじゃないぞ?」
「いや、勝てるとは思っちゃいねーけどさ、さすがに。でも、お前の胃袋を預かってる身としては、やっぱり向上心は必要だろ?」

 幸い、真鈴の自宅にはプロ並みの厨房が備えてある。火力が足りないから、などという言い訳はできないのだ。

「べ、別に、私はプロのような腕前をお前に求めてはおらん。それに、プロより美味しい料理を作られては、こっちが困るではないか」
「なんでだよ? 俺が美味い料理作れるなら、そのほうがいいじゃないか」

 当然の疑問をぶつけると、真鈴は少し目元を赤らめ、小声で答える。

「店で食べるより美味い料理を出されたら、ゆーじと一緒に外食する必要が……デートする理由がなくなるではないか、バカ者……っ」

/////8/////

 デザートの杏仁豆腐よりも甘いセリフをもらった優志は、店を出ると同時に真鈴の手を握る。

「な、なんだ、いきなりっ」
「ん、いや……なんとなく握りたくなっただけだ。イヤなら振りほどいていいぞ? お前の力なら楽勝だろ?」
「……ふんっ」
「痛ぇ!?」

 真鈴は逆に、優志の手を思い切り握り返してきた。照れ隠しと仕返しらしい。

「ちょっと甘い言葉をかけただけで思い上がりおって……! これだから畜生は御しがたいのだっ」
「へーへー。さ、次はどこに行くんだっけか、お姫様?」

 耳まで真っ赤になった少女の横顔を見つめたまま尋ねる。

「っても、散々食ったしな。もうそんなに腹に入らないぞ? それに、腹を減らすためとか言って、またあちこち迷うのも勘弁だ」
「う、うるさいぞ、過ぎたことをいつまでもねちねちと!」

 それ以上言い返してこないのは、さすがに真鈴も悪かったと思っているからだろう。

「安心しろ、次に向かうのはコーヒーが美味いと評判の喫茶店だ。食後の一杯なら飲めるだろう?」
「ああ、確かに」
「もう一つ安心させてやろう。そこの店へは、タクシーを使う」

 そう言いながら、ちょうど目の前を通りかかった空車を拾う。

「遠いのか?」
「いや、歩いても行けるが、私はもう疲れた。そら、さっさと乗るのだ、ゆーじ」

/////9/////

 目的の喫茶店「プティ・フレール」があるという商店街にはすぐに到着できたのだが、

「ああ、ここでいい。あとは歩いていくから」

 と、アーケードの入口でタクシーを停めさせた真鈴が、またも迷うという失態をしてしまう。

「お前さ、もしかしてドジっ娘スキル発動してないか? 言っておくが、俺にそっちの属性はないからな、そんなスキルはさっさと破棄しろよ?」
「イヤミか、イヤミなのか!? 下僕の分際で、主への批判か!?」
「そりゃ言いたくもなるだろーが! てめ、これでこの場所に来るの三度目だぞ!?」
「う、うるさい、わざとだ、腹を減らすためにわざと遠回りしているのだ!」
「食後のコーヒーのために空腹にする必要はねえ!」
「黙れ、犬!」
「誰かに店の場所を聞いたほうが早いだろ!?」
「聞いたら負けだ! 吸血鬼のなかの吸血鬼、栄光ある吸血姫としてそんなみっともない真似はできん!」
「商店街で迷ってる時点で充分に生き恥を晒してるってことに気づけ!」

 疲労のせいで普段以上に言い争いが醜い。

「もういい、こうなったら俺が聞く!」
「あ、待て、勝手なことをするな、バカ!」

 無駄なプライドを守ろうとするドジっ娘吸血鬼を無視して、優志は喫茶店の場所を尋ねようと周囲を見渡す。

「……げ」

 ちょうど同年代の女性たちが通りかかったのを見た優志は、かけようとした声を寸前で呑み込んだ。

(なんで!? どうしてメイドさん!? こんな商店街になぜメイドさんがいっぱい!?)

 やたらと胸の大きなメイドさんと、
 幼い顔をした子供のようなメイドさんと、
 一見和服だけどよく見ると頭にカチューシャを乗せた大人びたメイドさんが、
 なぜか商店街を普通に歩いていた。
 隣の真鈴も優志と同様に呆気にとられた顔をしているが、周囲の人々は何事もないように彼女たちの横を擦れ違っていく。どうやらこの商店街では特別な光景ではないらしい。
 彼女たちは買い物中なのか、手にしたバッグには野菜などが入っているのが見えた。

「まったく、私たちに買い物させているあいだにご主人様を連れ出して二人きりになるなんて、美沙さんにも困ったものですわ」
「せっかくのお休みだから、私もお兄ちゃんと二人きりでデートしたかったのにぃ」
「あ、GPSの反応が止まったわ。ここは……公園ね。美沙さん、ご主人様を公園に連れ込んでナニするつもりなのかしらね」

 なんだか凄い会話をしながら、三人のメイドさんたちが優志と真鈴の前を早歩きで通過していく。

「…………」
「…………」

 さすがの真鈴も、今回は「メイドに目を奪われるとはなにごとだ!」とは言わなかった。ただ一言、ぽつりと呟く。

「世の中には、不思議なことがたくさんあるのだな」
「吸血鬼にそんなこと言わせるなんて……メイドさん、すげーな」

/////10/////

 メイドさんと擦れ違った五分後、ようやく優志たちは今日の最終目的地である「プティ・フレール」に到着することができた。なんのことはない、タクシーを降りた場所のすぐ近くにその喫茶店はあったのだ。

「うう、心身共に疲れたぞ、ゆーじ」
「ああ、同感だ」

 二人揃ってソファに座り込む。

「い、いらっしゃいませ。ご、ご注文はお決まりでしょうか?」

 可愛らしいウエイトレスがやって来て、なぜかほんのり紅潮した顔で聞いてくる。

「あ、そうだな、どれにしようかな」

 メニューを開く優志だったが、

「今日のオススメコーヒーを二つだっ」

 それを遮るように真鈴がさっさと注文してしまう。

「なんだよ、勝手に決めるなよ」
「ふん、貴様はとことん女好きだな、このスケベが」

 小柄なウエイトレスがカウンターに注文を伝えるのを横目で見ながら、真鈴が吐き捨てるように言う。

(またヤキモチか)
「ち、違うからな!? 今、お前が心のなかで考えたようなことではないからな!? 勝手な勘違いをしたら、あとでまた牙でごりごりしてやるからな!?」

 図星だったらしく慌てて誤魔化すが、この吸血姫、嘘がいっこうに上達しない。

「はいはい、わかってるって」

 まだなにか言いたそうな真鈴を適当にいなしつつ、軽く店内を見渡す。
 それほど大きな店ではないが、掃除が行き届いているのがわかる。

(あの人がここのマスターなのか。若い女の人って珍しいな)

 あまり見ているとまた真鈴が騒ぐので、すぐに顔も前に戻す。
 コーヒーができるまでのあいだ、優志と真鈴はお冷やを飲みつつ(歩き疲れて喉が渇いていたのだ)、ソファの上で無言のまま過ごす。正直なところ、もうさっさと帰って休みたいというのが二人の本心だった。

「お待たせしました、本日のコーヒー、お二つです」

 先程の可愛らしいウエイトレスが、やはり赤い顔で妙にスカートの裾辺りを気にしながらコーヒーを運んできてくれた。

「あれ、これはなに?」

 コーヒーソーサーに小さな包みが添えられているのに気づいた優志が尋ねると、

「これはお姉ちゃ……マスターからのおまけです。お疲れのようだから、甘いチョコと一緒に、と。本日のコーヒーはショコラとも相性がいいんですよ」
「ほお。気の利いたサービスではないか」
「それじゃあ、ありがたくいただくよ。ありがとう」

 早速チョコの包みを開け始めた二人に会釈をすると、ウエイトレスがちょこちょこと変な歩き方でカウンターへと戻っていく。

「うぅ、お姉ちゃんの意地悪ぅ」
「にゅふふ、るーくん、可愛いのお。もうちょっとそのままの格好で頑張ってね」

(へー、あの二人、姉妹なんだ。……でも、なにが「意地悪」なんだろ?)

 聞こえてきたマスターとウエイトレスの会話に首を捻りつつ、おまけのショコラとコーヒーを口に運ぶ。

「……!」
「おお……!?」

 優志と真鈴がほぼ同時にカップから顔を上げ、互いを見る。

「う、美味い……!」
「う、うむ、これは確かに美味いぞ!」

 香ばしい匂いとすっきりとした舌触り、そしてほどよい苦みと酸味が去ったあとに残る心地よい甘み。
 しかも、添えられたショコラとの相性も抜群だった。

(なるほど、これが専門店の味なのか……)

 もう一杯ずつおかわりをした優志と真鈴は、満足げな表情で「プティ・フレール」をあとにするのだった。

/////11/////

「プティ・フレール」を出ると、もう外は真っ暗になっていた。当初の予定ではもう帰宅している時刻だったが、それだけ道に迷ったということでもある。
 二人とも疲労していたので、真っ直ぐにタクシー乗り場へと向かう。
 時間が時間だったので乗り場には列ができていたが、そう待たずに順番が回ってきそうだった。大人しく最後尾に並ぶ。

(ま、タクシーで真鈴の家に着いても、俺はそこからチャリで自宅に戻らなきゃならないけどな)

 陸の孤島とも言える黒川邸から優志の自宅まではかなりの距離がある。正直気が滅入る。
 真鈴に言えばもちろん泊まらせてくれるだろうが、明日は学校があるし、そこらへんはしっかりけじめをつけるべきだと優志は考えていた。
 だが、そんな下僕兼恋人の思考などお見通しだと言わんばかりに、タイミングよく真鈴が先制してくる。

「ゆーじ、今夜はもちろん泊まっていくのだろう?」
「いや、俺は」
「まさかとは思うが、散々歩き回って疲れ切った主にマッサージもせず、自分だけのうのうと帰ろうなどと考えてはおるまいな?」

 意訳すると「今日も泊まっていけ」。

(素直じゃないな、コイツも)

 ここまで言われれば、優志とて断るはずもない。

「ああ、わかった。今夜はしっかりご主人様をマッサージしてやるよ」
「お、お、お前が言うとなんかイヤらしいぞ!?」

 そう言いつつも、真鈴はそっと身を寄せてくる。優志も、真鈴の小さな肩に手を置いて抱き寄せる。互いの体温が疲れた体を癒していく。
 しかし、そんな幸せの時間はすぐに邪魔をされてしまう。
 長い長いデートのラストを飾るに相応しいそんな雰囲気を破ったのは、背後から聞こえてきた男女の声だった。

「い、いいですよ、僕は終電に間に合いますから!」
「うるさいわね、キミは! あたしがいいって言ってんだから、大人しく泊まっていきなさい!」
「そ、そういうわけには」
「あによ、あたしよりあの生意気な妹たちの待つ自宅のほうがいいっての!? このロリコン、シスコン!」
「こ、声が大きいですってば、渚さんっ」
「二人きりのときは呼び捨てにしろと何度言わせる気ッ!?」

(この声、もしかして)

 恐る恐る振り返ると、

(……あ)

 優志たちの後ろに並んできたカップルは、今年の夏に知り合った他校の生徒だった。

「なんだ、騒がしい。……げ」

 真鈴も背後の二人、正確に言えば気の強そうな顔をした少女を見て顔を強張らせる。

(最後の最後にこれかよ……)

 優志がげんなりとした直後、夜のタクシー乗り場に美少女同士のヒステリックな叫び声がこだまする。
 優志の長い長い休日が終わるのは、もう少し先のことのようだった。

(終)

(2009/04/17追記)
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